実在した殺人鬼カップルを題材に描く、紛れもないラブストーリー
1940年代後半アメリカ。マーサ・ベックとレイモンド・フェルナンデスは、結婚詐欺師であるレイモンドの稼業を軸に、20名以上の女性を殺害し、電気椅子で処刑された。
この《ロンリー・ハーツ・キラー》と呼ばれる殺人鬼カップルを元に作られたのが『ハネムーン・キラーズ』である。当初、監督をマーティン・スコセッシとしてスタートした企画だったが降板となり、起用されたのがオペラ作曲家のレナード・カッスル。本作が初監督作にして生涯唯一の監督作となった。
公開当時、批判を浴びながらも、フランソワ・トリュフォーをはじめマルグリット・デュラスが「私が知る限りもっとも美しい愛の物語」と賞賛。近年もギャスパー・ノエが、執着心による殺人を描いた作品「『カルネ』の構想の元となった」と言及するなど、今なお熱く支持され続ける伝説のカルト作がスクリーンに蘇る!
すべてを受入れ、すべてを犠牲にして突き進む愛<ハネムーン>の猛威
寂しい独身女性をターゲットにし、財産を巻き上げ生計を立てている結婚詐欺師のハゲ男レイ。そして、看護婦長である欲求不満の巨漢女マーサ。文通クラブ「ロンリー・ハーツ・クラブ」を通じて出会ったふたりはすぐさま恋に落ち、マーサはレイの結婚詐欺にともに手を染めていく。
しかし、次第にエスカレートしていく嫉妬に駆られるまま、マーサは結婚詐欺相手の女性を次々と殺害していき…。
シャーリー・ストーラー [マーサ]
1929年3月30日、ニューヨーク市ブルックリン生まれ。1955年に舞台デビューを果たし、1970年、本作『ハネムーン・キラーズ』で映画デビュー。以来、200ポンドの体躰と独特の存在感で、カルト女優として活躍。特に1976年の『セブン・ビューティーズ』では、ナチスの女収容所長を演じ、その迫力ある演技で見た者に強烈な印象を与えた。アメリカ映画以外にも『本当に若い娘』(76)などのフランス映画へも出演したほか、『ディア・ハンター』(78)や『マドンナのスーザンを探して』(85)、『スティッキー・フィンガーズ』(88)、『フランケンフッカー』(90)、『マルコムX』(92)などの作品でキャリアを積んだ。1999年2月17日ニューヨークにて、心不全のため死去。

トニー・ロー・ビアンコ [レイ]
1936年10月19日、ニューヨーク市ブルックリン生まれ。俳優、監督、プロデューサーとして幅広く活躍。オフ・ブロードウェイ・ショー『Yanks-3, Detroit-0, Top of the Seventh』では、オビー賞、市外演劇批評家協会賞を受賞。アーサー・ミラーの『橋からの眺め』ではトニー賞のノミネーションとなり、一人芝居『市長!』では批評家から絶大な賛辞を受けた。『ハネムーン・キラーズ』出演後は、『フレンチ・コネクション』(71)、『重犯罪特捜班/ザ・セブン・アップス』(73)、『愛の断層』(78)、『希望の街』(91)、『ニクソン』(95)、『陪審員』(96)などに出演し、多面的な役柄をこなす名優としての評価を得た。特にイタリア系、マフィア物には欠かせない性格俳優として知られている。監督としては、85年にマイク・コナーズ、アン・アーチャー主演のサイコ・キラー物『Too Scared to Scream』や、TV「それいけスマート」シリーズの監督を務めている。

レナード・カッスル [監督]
1929年2月11日、ニューヨーク生まれ。コロンビア大学卒業後、フィラデルフィアにあるカーティス音楽学校で学び、オペラ作曲家、台本作家、映画監督として活躍。“The Medium”(50)や“The Telephone”(50)の再上演を行い、ブロードウェイで音楽監督としてキャリアを積む。1955年から4年間、“NBCテレビジョン・オペラ・シアター”で音楽監督のアシスタントを務め、1954年には自身が手掛けたオペラ“The Swing”がテレビ放送された。『ハネムーン・キラーズ』監督後、度々映画祭に出席するようになり、2007年にはエド・ウッドフィルムフェスティバルで審査員を務めた。